2015年11月18日

『東京フラッパーガール lite 浅草ブラン・ノワール 第四話・第五話』更新

『浅草ブラン・ノワール』更新しました。
第四話/http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6055548
第五話/http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6055789
第四話だけではまったく話が進んでないので、五話も一緒に投稿しました。気まぐれですんません。
この五話目が、今作で一番手こずった部分でした。
というのも最後まで瞳子さんのキャラクターが決まらなかったので……。
とりあえず公開できる程度にまでは書いたんですが、個人的にはまだまだ修正の余地があるように思われるので、電書化する際に手直しするかもしれません。



気を取り直して、毎度おなじみ「無駄知識」。
今回はあんまりないんですけど、よろしければどうぞ↓



・日本紳士録……著名人の情報が掲載された書籍

個人情報という概念のなかったころですから、経歴や学歴だけではなく、住所や電話番号まで載ってたというから恐ろしい話です。
紳士録自体は複数の出版社から発行されていましたが、有名なのは交詢社から出版されていた『日本紳士録』ですね。
環が見ていたのは、昭和五年五月発行のやつで、実はこれ「近代デジタルライブラリー」で公開されてるんです!
近代デジタルライブラリー - 日本紳士録. 34版
さっそく参考にさせていただきましたよ! ありがとう国会図書館!



・昭和初期の女性の服装および髪型

昭和初期の東京というと、洋服姿のモダンガールが闊歩しているイメージが強いですが、実はほとんどの成人女性は和服が圧倒的多数でした。
当然プレタの洋服は存在せず、一部のOLや女学生などは婦人雑誌の付録の型紙で自作した洋服を着ていました。
専門店で誂えることが出来たのは、かなり裕福な人だったようです。

そして髪型。この時代は大きく分けて三種類ありました。
ひとつは、ロングヘアを結い上げた束髪。成人女性でもっとも多い髪型です。
中でも一番ポピュラーだったのが「耳隠し」で、大正時代に登場してからまたたく間に大流行しました。
当時の人気女優・栗島すみ子の髪型が、まさにそれです。
栗島すみ子−Wikipedia
その後、サイドの髪にパーマを当てて華やかさを出したり、三つ編みを巻き付けたり、耳を出したり(その名の通り「耳出し」)といろんなバリエーションが生まれました。
耳出しは昭和四、五年ごろから流行しており、抒情画家の高畠華宵もお気に入りの髪型でした。

ふたつめは、日本髪。
手間もかかり維持も大変なことから、昭和時代には結う人がだいぶ減ってはいましたが、大和撫子を象徴する古風さを支持する人も根強く、廃れることはありませんでした。
丸髷は既婚女性の定番ですね。

みっつめは、断髪。
当時は今のようにセミロング的な中途半端さはなく、切るときは潔くバッサリです。
有名なのはイートンクロップ。耳下で切りそろえて襟足を剃り上げる、いわゆるワカメちゃんカットです。
しかしこれは相当短いうえ男っぽくなるので、実際ここまで切ってしまう人は少なかったようですね。
あとはボブ。環はこの髪型です。
他にも短くした髪にパーマを当てたりコテで巻いたり、いろいろあったみたいです。
本編でも環が言ってますが、洋服を着る人は少しずつ増えても、断髪までする人はごく少数でした。
ぶっちゃけ当時は「断髪=ビッチ」という価値観がまかり通ってましたし。切っちゃうと嫁のもらい手がなくなってしまう時代でした。



では今回はこのへんで。髪型に気合い入れすぎました(笑)。

posted by 杉浦絵里衣 at 22:39| サイト更新